誰かの願いが叶うころ -7-
頭を冷やしてくる、と言って自分の宮を出て行ったアイオロスは、結局その夜戻らなかった。 もっとも、シュラの方も帰ってこられても何を言えばいいのかわからなかったので―他人の宮でもあるし―放心状態から立ち直ると同時に自分の宮に帰ったのだが。 それから、どちらもお互いを避けていたが。 数日後、重大な発表があるから、と、黄金全員が教皇宮に召集された。 教皇の玉座にはシオンが座っており。 その横に、童虎が立っていて。 ・・・・・・・・・・更にその少し前に、アイオロスが立っていた。 シュラは陰鬱な気分で、なるべくアイオロスと目を合わさないように、シオンの顔に目の焦点をあてる。 皆が揃ったのを確認したシオンは、珍しく静かに口を開いた。 「うすうす気づいとった者もおるかも知れんが・・・」 前置きをしてから。 「聖戦後のどさくさで、経験者であるわしが引き続き教皇をやっとったが、今生の教皇は、今生の聖闘士から選出するものだ。」 まず、反論を封じるかのような言葉を発した。 「聖戦前から決定していたように、今生の教皇をアイオロスに任せようと思うのだが、意義はあるか?」 形ばかりの質問を投げて、皆の顔を順繰りに確認する。 沈黙が流れた。 反論も何もあるはずがない。 皆それは決定事項だと認識していたからだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・本人だけを例外として、だが。 「・・・・・何も言わないのは、異議なしと見なしてよいのだろうな?」 鋭い視線で、もう一度皆の顔を睨みつけて。 しばらくの間、時間を置いてから、シオンは再び口を開いた。 「よろしい。では、アイオロスを今生の教皇に任命する。」 そこまではただの形式的な確認でしかなかったが。 次に続いた言葉は。 「・・・尚、童虎を混じえてアイオロスと協議した結果、補佐官にムウを、書記官にカミュを任命する。」 誰にとっても意外なものだった。 * 皆、今の言葉を理解するのに、時間を要したが。 「「・・・・・・・・・・・・私・・・?」」 最初に反応したのは、当然名前を呼ばれた本人たちだった。 ムウとカミュは、反射的にお互いの顔を見た。 相手も自分と同じように驚いている。 と、いうことは。 ・・・・・どちらにも、事前に何の打診もなかったということだ。 「・・・・・意義のある者は。」 その言葉で二人とも我に返って。 「ちょっと待ってください!私は何も聞いてません!」 まず、ムウが声を発した。 「今言うたろうが。」 「そういう問題じゃ・・・、」 珍しく言い淀んだところを。 「教皇!私も納得致しかねます!」 後を引き継いだのは、カミュだった。 「何故じゃ?」 「・・・私より適任がいるかと思いますが。」 言いながら、カミュは横目でシュラを確認する。 が、シュラも驚いた顔をしていたので。 本人が引き受けるのを渋ったわけではないらしい。 「長時間の協議の上で、おぬしらが適任という結果が出たのじゃ。」 答えたのは、シオンではなく、童虎だった。 「他に意義のある者は。」 シオンは他に何も言わず、ただ確認をとってくるのみだ。 驚いてはいるが、誰も何も言わない。 サガが青ざめているのに気づいた者もいたが、当人が黙っているのに他人に何が言えようか。 教皇の任命があった時とは違う種類の沈黙が流れて。 空気の重さに誰もが耐えられないと思い始めた頃。 「では、異議なしということで、本日はこれで解散とする!」 いきなり有無を言わさない終了宣言があって。 ムウとカミュは口を開こうと息を吸い込んだが。 「補佐官と書記官はこの場に残れ。」 とりあえず話をする機会は与えられたようなので、二人ともこの場ではそれ以上言葉を発することはやめた。 * 「・・・どういうことです?」 皆が去り、童虎が念のための人払いを雑兵にさせた後。 ムウは玉座に座ったままのシオンを睨みつけて、質問を投げた。 「どうもこうもない。3人で協議した結果を伝えただけじゃ。」 「・・・貴方は13年前、補佐にサガをと言っていたはずですが。」 「あの時、その任に堪える年齢に達している者が他におったか?」 即答で効果的な事実を突き付けられて。 ムウは一瞬言葉に詰まった。 「・・・私よりサガの方が適任かと思いますが。」 「嘘ぬかせ。」 何とか絞り出した声も、即座にばっさり切り捨てられる。 「お前は13年もただ機を待てるようなずぶとい人間じゃ。お前の方が向いとる。」 「あれはただ面倒臭かっただけです。途中で逃げれるかもと思ったというのもありますし。」 「そんな見え透いた言い訳は聞かん。」 「二人とも、俺がお願いしたんだ。」 不毛な言い争いに終止符を打ったのは、アイオロスだった。 今まで沈黙していたカミュも、驚いた顔でアイオロスを見る。 「俺が死んでもそれを隠して皆を導けるような、俺の間違いを指摘できて、縛り付けてでも意見を変えさせるような人間でないと駄目なんだ。」 視線が集中する中。 「過去の件で俺に負い目を持っているような人間には、補佐官も書記官も安心して任せられない。」 はっきりとした声で、決定的な宣言をした。 「・・・・・・・と、言うわけじゃ。」 駄目押しをしてきたのは、童虎だった。 * あの日。 シュラに「頭を冷やしてくる」と言って宮を出たアイオロスは、本当に頭を冷やしたらしい。 というか、切り替えたという方が正しいだろう。 自分は教皇になるのだ。それはもう変えられない。 だが、補佐官にサガ、書記官にシュラ、などという状態で、とてもまともに教皇職が務まるとは思えない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・いろんな意味で。 では、何が一番得策か? 自分の為、ではなく、皆の、聖域の―場合によっては世界の―為に。 考え抜いた末の、結論だった。 2010/3/15
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