誰かの願いが叶うころ 《聖戦後》-5-
もう5日だ。
あれ程毎夜毎夜宮に押しかけてきていたアイオロスが、5日も現れない。
それはもちろん、毎日教皇宮に行けば嫌でも会うことになる。
だが、何か避けられているような気もするし・・・・・・・・
ここまで考えてから、シュラは煙草に火をつけた。
こんな状況には気が滅入る。
そして。
こんなことをうだうだと考えている自分は―――・・・・・・・・・・・・・
仕事中の休憩時間、食事に誘ってくるデスマスクとアフロディーテをごまかして人気のない場所までやってきていたのだが、ひとりでいると却ってくだらないことしか考えない。
そう思ったシュラは、やはり戻ろうと煙草を手にしたまま歩き出したのだが。
前方に人影が見えて、反射的に立ち止まる。
一瞬、アイオロスとサガだったら・・・などと考えた自分自身を、殺してやりたいと思った。
が、こちらに向かって歩いてきたのは、かつてシュラが「死神」だと思った子供―紫龍で。
その偶然が一瞬何かの啓示のような気がしてきて、シュラは固まったので。
何か、こちらも上の空で歩いてきた紫龍と危うくぶつかるところだった。
「あ、」
「おっと、」
両方から声がして、ぶつかる直前で体をかわす。
「すみません。」
謝って上を向いた紫龍は、シュラの表情がおかしいことに気づいて。
「・・・何かあったんですか?」
心配顔で問うてきた。
「・・・何がだ?」
シュラの方は何となく頬を拭いながら、鸚鵡のようにただ言葉を返したが。
「だって、泣きそうな顔をしてますよ。」
次の言葉で、本当に泣きそうな気分になってしまった。
「・・・何でもない。ただ疲れてるだけだ。」
自分は、こんな子供にまで読まれるような顔を晒していたのか。
「ならいいんですけど。・・・アイオロスが心配してたから。」
「・・・・・アイオロス?」
その単語に、意思を裏切って、声が震える。
「ええ。さっき書類を渡しに行ったら、シュラと最近話したかとか、様子がおかしいと思わないかとか、色々聞かれて・・・」
・・・・・毎日しつこくやってきて、突然来なくなって。
様子がおかしいのは自分のせいだとは考えないのか?
「わかりませんって答えたら、そっかぁ、じゃあやっぱり俺が嫌われてんのかなーって、机につっぷしてましたよ。」
無意識に次の煙草を探して彷徨っていたシュラの手がとまる。
「何もないなら、話してあげてください。」
「・・・別に、避けているわけじゃない・・・」
独り言のように呟いた言葉は、だが紫龍の耳に入ってしまったようで。
「よかった。」
屈託なく、見上げてくる黒い瞳。
この、子供は。
何を知っているのだろう。
「・・・紫龍。」
「?」
思いつめたような声音で呼ばれて、紫龍はシュラを見上げたまま、目を見開いた。
その、大きな目に、突然、何もかも見透かされているような気がしてきて、シュラは言葉を止めた。
「・・・シュラ?」
「いや、何でもない。・・・デスマスクと昼飯の約束をしていたのを思い出しただけだ。」
「あ、すみません。」
「何を謝る?呼び止めたのは俺の方だろう。」
「・・・そうでしたっけ?」
続いた何でもない会話に、思いすごしだとシュラは自分を笑ったが。
「じゃあ俺は行きますけど、ちゃんと仲直りしてくださいね。」
去り際に念を押すような台詞を言われて、また物思いに沈む。
聞けばよかった。
お前は、どうやって自分の内から闇を追い払った?
そして。
・・・・・・・・・・・・・俺の、闇、は。
*
自宮で散々躊躇したシュラが、やっと隣の人馬宮を訪れたのは夜半が回った頃だった。
「シュラ!」
誰何もせずに扉を開けたアイオロスは、喜色満面で自分を迎え入れた。
・・・・・・・まるで、今夜来ることがわかっていたみたいに。
「シュラの方から来てくれるなんて初めてじゃないか?」
アイオロスは無邪気にはしゃいだ声を出したが。
過去の経験から言って、この男が妙に明るい時は何かある時なのだ。
邪推のしすぎだろうか。
「紫龍が・・・」
そう考えたシュラは、無意識に言い訳を口にしていた。
「?」
「・・・あなたが気にしていたというので。」
アイオロスは、一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして。
それから。
「ああ。・・・そういえば俺、今日愚痴ったんだったなー。」
と暢気な声で呟いた。
「子供はいいよなー。素直で、屈託がなくてさ。」
「・・・・・・・・」
シュラは内心紫龍のことを、相当に屈折した子供だと思っていたのでそれにはわざと答えない。
「星矢からは、真面目一本で全く融通のきかないタイプだと聞いてたんだけどさ・・・」
まあそれは一面事実だな、と思う。
一面だけだが。
「・・・紫龍がどうか?」
「うーん、問題って程じゃないが、、、ほとんど青銅宿舎に帰ってないらしい。」
「何処にいるかは、誰にでも見当がつくでしょう。」
「そりゃそうなんだけどさ、まあそれも問題なのかなと。」
沈黙が流れた。
目の前の、この男が。
皆の範たれと望まれ、本人もそうなるべく振舞っていたのは知っている。
そして。
誰より、自分自身がそう思っていた。
「シュラはさあ・・・」
アイオロスが沈黙を破り。
シュラは現実に引き戻される。
「もし俺が教皇になっても、横に居てくれる?」
「その場合、あなたの補佐はサガでしょう。」
言った方も、言われた方も、双方共に驚くほどの即答だった。
自分がそれ程こだわっていることを思い知らされ、シュラは自分の言葉の残響を、耳に何度も聞いていた程だ。
アイオロスの方は一瞬、なんとも形容のし辛い顔をして。
「・・・・・そーいう意味じゃ、ないんだけどなあ・・・・・」
ぼそりと呟いて、頭を掻いた。
自分達の間に横たわっている深淵は何なのか。
サガか、それとも・・・・・・・
次に何を言うべきが、シュラが逡巡している間に。
「何日か前から、シオン様が引退したいって言い出しててさあ・・・・・」
アイオロスが、次の一手を繰り出してきた。
2008/9/12
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