誰かの願いが叶うころ《聖戦後》 -3-



何故かご機嫌斜めな教皇が、執務室で誰彼かまわず嵐を撒き散らし。
いつものことだがとにかく声が大音量過ぎてうるさいので、逃れるために適当な理由をつけてやってきた資料室は心地よい静寂に支配されていた。

シュラは無意識に軽くため息をつく。

それでもシオンは扱いやすい。
喚き散らすのもむずがる赤子と変わらないし、第一、何時間か後には本人は喚いたことすら忘れているだろう。 
ああいう教皇の方が部下は楽で、それが意外にも結局秩序に繋がるのかも知れないな、と思う。
シオンが時期教皇にアイオロスを推したのは―――・・・・・・・・・


「・・・何のまねです?アイオロス。」


考え事をしていたところ、突然後ろから何者かに抱きつかれて瞬間肘打ちの構えをとったのだが。
すぐに誰の気配だかわかってしまった上、それがあまりにも陽気だったので気が抜けて呆れたような声が出た。

「あ?わかっちゃった?」

返ってくる応えは、やはり明るい。

「こんなおふざけをするのはあなたくらいです。」
「そういうんじゃなくてさー、もっとうわー、とかいうリアクションが欲しいなあ。」
「何を子供みたいに・・・、」

ため息混じりに返そうとした言葉は、途中で途切れた。
腕にすごい力がこもって、体が密着したからだ。

「お前の後姿見てたら、ムラッときた。」
「・・・悪ふざけはやめてください。」
「嫌だ。」
「アイオ・・・」

密着したまま、手が前に回りこんでくる。
耳に唇と舌の粘膜の感触。

「・・・アイオ、ロス・・・っ、いい加減に・・・・、」

何とか身を捩って、いつでも肘打ちできる体勢を整えた時。

「したい。」

耳元で掠れた声がして力が抜け、逆に書棚に押し付けられた。

「今、すぐ、したい。」
「冗談じゃな・・・」

「ここで、シュラと、したい。」

無骨な指がシャツの裾から忍び込んでくる。
布の上を彷徨っていた手が、ジッパーを下ろしにかかる。


・・・・・・・・・・何をしているのだ、自分は。

こんなところで、後ろを取られて。
荒い息を吐きかけられて、まるで女のように・・・・・・


「・・・そうやって歯を食いしばるくらい、嫌?」


あたりまえだ、誰がこんな屈辱に耐えられるか、と思う。
だが。


「・・・俺のこと、嫌い?」


・・・この男は、どうしてここでこれを言うのだろう。
わざと、なのか。


「俺は好きだよ。」


・・・・・嘘をつけ。
ただ、生理的欲求を感じただけのくせに。


そう考えた瞬間。
自分を書棚に押し付けていた体の重みが消えた。

「・・・・・・、」

思わず肩越しに振り返ると。
手を軽く上げて「降参」のポーズをとっているアイオロスの姿があった。

その、表情が、傷ついた子供のようで。

何故か胸に堪える。


「・・・・・そんな泣きそうな顔されたら、何もできないよ。」


・・・泣きそうな顔をしているのは、そちらの方だろう。
あの時もそうだった。


”殺していいよ”


あんな卑怯な言葉があるか?

しかも、最も厄介なのは、アイオロスに悪意は何一つなく、ただ―――・・・・・・・


肩越しに振り返っているのが何となく不利に思えたシュラは、体勢を変えてアイオロスの正面を向いた。
が、自分の衣服の状態が目に入って脱力し、とん、と本棚に背中を預け。
そのままずるずると座り込んでしまう。


「・・・シュラ?」


シュラの視線を追いかけてしゃがみこんだアイオロスが、覗き込んでくる。
相変わらず、傷ついた子供の呈で。

上目遣いにその姿を捉えたシュラは、何も言わずにアイオロスの胸倉を掴んで引き寄せた。
バランスを崩して倒れこんでくる体に手を回して、唇を塞ぐ。


こんな場所で、こんな時間に。
誰か見ているかも知れないが、そんなことは自分の知ったことではない。


たとえそれが、サガだったとしてもだ―――――・・・・・・・・・・




2008/7/28

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