誰かの願いが叶うころ《聖戦後》 -1-
「もういい加減にした方がいいですよ、アイオロス。」
テーブルの向かい側に座って次から次へとグラスに酒をついでは煽るアイオロスの様子に、シュラはたまりかねて言った。
「えーいいじゃん、つきあってくれたってさぁ。」
拗ねたように返すアイオロス。
その受け答えが、あきらかに酔っている。
「つきあわないと言っているわけではありません。ただ、そんなに飲むと身体に触ると・・・」
アイオロスの手から酒のボトルを取り上げようとしたシュラは、いきなり手首を掴まれて驚いた。
「・・・ほんと?」
さっきまでと違い、何か真剣な表情で見上げてくるアイオロス。
「・・・・・じゃあさあ、酒無しで朝までつきあってくれる?」
その台詞に一瞬どきりとするが、相手は酔っ払いだと自分に言い聞かせ。
「・・・俺が貴方のお願いを聞かないわけがないでしょう。」
わざと呆れたような言い方で、ため息混じりに返したが。
その直後、手首を掴んでいる腕に力が篭った。
驚いてアイオロスを見ると、あれ程飲んだ人間とは思えないほどしっかりした顔をしていた。
「・・・それってさぁ、俺を殺そうとしたことがあるから?」
その言葉に。
シュラは凍りついた。
「・・・・・・・・・・・・やっぱそうか。」
途端に手首の圧迫感が抜ける。
盛大にため息を吐き出すと、アイオロスはテーブルに突っ伏した。
「・・・・・そうだよなぁ、罪悪感でもなきゃ、こーんな酔っ払いに毎晩のようにつきあってくれるわけないもんなぁ・・・・・・・」
「・・・そういうわけじゃ・・・・」
くぐもった声で駄々っ子のように呟くアイオロスに、何と答えてよいやらシュラが迷っていた時。
「・・・・・・サガもそうかな・・・・・・」
次の言葉が聞こえて、心臓に氷が刺さる。
シュラは自分の爪で自分の掌を傷つける程の強さで拳を握り、冷静さを取り戻そうと努めた。
「な、・・・何かあったんですか?」
だが、声は気持ちを裏切って、微妙に震える。
「えー?何もないよー。喧嘩もしてない。」
アイオロスはそんなことに気づいてもいないかのように、素っ頓狂な声を出した。
「だってさぁ、喧嘩しようにも、逃げ回られてるからなあ・・・」
そう言って、また机に突っ伏す。
・・・・・・・・・・・・・そうなのだ。
アイオロスが荒れているのは、帰還してからサガがほとんどアイオロスと口を聞きもしないのが原因なのだ。
この、いつも他者を照らすほどの力を有する人が。
そのせいで、荒れている。
そう思うとたまらなくなって、つい毎晩酔っ払いにつきあってしまうのだ。
と。
テーブルに張り付いていたアイオロスが、突然顔を上げた。
そして。
「シュラは男としたこと、ある?」
などと口走った。
「えっ?」
酔っ払いの突然の質問に、最初意味が掴めず、意味を掴んだ後は知らんふりを決め込もうとしていたシュラだったが。
「俺ないんだー。」
続いた台詞で、
「ええっ!?」
と、つい、大きな声を上げてしまった。
アイオロスは、そのシュラの反応に目をまんまるにし。
「・・・そーやって驚くってことは、あるんだ。ふーん。へーえ。」
と拗ねたような声を出した。
・・・・・・・・・・・・・驚いた。
アイオロスとサガは、てっきり昔からそういう仲だと・・・・・・・・・・
「あ。馬鹿にしてるだろう。」
「してませんよ。」
「俺だって人並に女の子とは経験あるんだぞー。」
「だから馬鹿にしてるわけじゃないって・・・」
男同士の会話らしく、くだらなくも微笑ましいかけあいが続いていたのだが。
「サガはさぁ、何で逃げ回んのかなあ・・・・」
アイオロスがぼそりと呟き。
シュラの中で、何かが変化した。
”シュラは男としたことある?”
ああ、あるとも。
それも、その相手は、今貴方から逃げ回っている―――・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・アイオロス。」
「あー?」
「・・・酒無しで、朝までつきあってもいいですよ。」
アイオロスは「鳩が豆鉄砲くらったような」という表現がぴったりの表情をした。
「俺はかつて貴方を殺そうとしました。」
「だからさー、そんなことはぜーんぜん気にしてないって・・・」
「貴方が気にしなくても!」
シュラはアイオロスの言葉を大声で遮って。
「・・・・・俺は気にしてます。だから・・・・」
淡々と言葉を続けた。
「・・・それで俺の気が済みます。」
アイオロスの為ではなく自分の気が済む為だと言えば、アイオロスは断らない。
そして。
シュラはそれをよく知っていた。
2007/12/18
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