誰かの願いが叶うころ《聖戦中》-3-(R18)
近づいてきた足音が、戸口で止まった。
ああ、またか。
俺はため息と共に立ち上がる。
「カプリコーン殿、教皇がお召しです。」
お決まりの台詞と共に、教皇付の雑兵が自分が纏っているのと同じフード付の衣装を差し出してきた。
それを被って身を隠しながら教皇宮へと向かう。
ふ。
まるで正室に隠れて城に向かう側室のようだな。
・・・・・・・・・・・・・・自嘲気味に考えた。
カミュがシベリアに去った後。
権力者は長い間夜に俺を呼びつけ続けた。
近頃では慣れてしまったのか、それ程葛藤も起きない。
双魚宮を通るときも、前ほど心配しない。
「君はアイオロスが好きだったね。」
アフロディーテが、ふと呟いた言葉。
・・・・・気づいているのかも知れない。
こんなに頻繁に宮を通っていれば、それも無理からぬ話だ。
だが最近では、だからといってそれが大問題だとは思えなくなっている。
最初の発端から考えれば、おかしな現象だ。
・・・・・・・・・・・・俺は、狂い始めているのかもしれない。
呼ばれて権力者の元に赴き、体を開く。
自分が男だという事実に目を伏せて。
デスマスクは「こんなことは全部欲求解消のお遊びだと思え」と言った。
確かに。
お前にとってはそうだろう。
だが、俺にとっては―――・・・・・・・・・・・・・・・
「こちらを向け、カプリコーン。」
自分を組み敷いた権力者が言う。
元のその体の持ち主とは、似ても似つかぬ獣の目をして。
不思議なものだ、同じ顔のはずなのに。
「ふ。屈辱より、快楽が勝つか。」
人間の体というのは、本人の意識とは別に、苦痛から逃げるために色々な方法を考えてくれる。
いかに本人が苦痛のほうがまだましだと思っていてもだ。
俺が返答をしないからか、権力者は話の方向を変えた。
「・・・・・サジタリアスも因果な男よの。」
その単語に俺は無意識に反応して、目を合わせてしまった。
「・・・自分のあずかり知らぬところでお前や、この体の宿主に勝手に懸想された挙句―――・・・」
「う・・・・・・・・・・あっ!」
無防備に話を聞いていたので、いきなり突き上げられて声が漏れた。
「・・・・・そのせいでお前たち二人に殺されたのだ。気の毒にな。」
「お前もサガも、サジタリアスにこうして欲しいと思っていたのだ。」
「何・・・を・・・っ、・・・・っ」
「それと同時に、そんなことを考える自分を忌み嫌った。」
「そして、無理矢理こう帰結させたのだ。”あいつが悪い”」
「何を言・・・・、あ・・・・・っ」
「嬉しいだろう?お前の望んでいたことなのだからな。」
「ピスケスを守るためというのは、サジタリアスが悪いというのと同じ、ただの言い訳だ。」
「お前はただ、こうされたかったのだ。」
体が感じる感覚を、脳は快楽として感知する。
吐き気がしそうだった。
行為ではなく、自分自身に。
「わかっているだろうが、言ってやろう。ピスケスはお前と違って、こんなことでは傷つけられないぞ。」
「だから、ピスケスよりお前のほうがはるかにいたぶりがいがあるのだ。」
「そしてお前は罠にはまったふりをして、自分の望みを果たした。」
それ以上言うな。
「貴様らなどに好かれたサジタリアスは不幸だな。」
言うな!
快楽の嵐を逃れて、相手の咽元で右手を閃かせた、瞬間。
「・・・・・余も手にかけるか。サジタリアスのように。」
追い討ちをかけられて、手を止めてしまった。
その隙をつかれて手を掴まれ、体勢を変えられて背中から圧し掛かられる。
「・・・心配するな。お前はピスケスという姫君を守ろうとする健気な騎士だ。」
「・・・・・・っ、ぅあ・・・・・っ」
上から捻じ込まれて、戒めが奥まで届く。
脳は苦痛を勝手に快楽に変換する。
やめてくれ。
「・・・表向きには、充分それで通用するとも。」
他人を騙しても何にもならない。
俺自身が、聞いてしまったのに。
この男の顔が見えたほうが、まだましだった。
見えないと嫌悪感が感じられない。
そして、快楽もピークに達したころ、ふと言われたことを考えてしまったからだ。
・・・・・・・・・・・アイオロス。
極限状態で自分がその名前を口にしなかったという自信が持てなかった。
*
長い長い時間が過ぎたような気がする。
もうそろそろ何もかも終わりにしたいと思い始めた頃、子供の顔をした死神がやってきて、やっと俺を断罪した。
アイオロスのように、自分の正義を信じて揺ぎ無い頑固な子供。
断罪してくれた礼に子供を助け、後を託したが。
・・・・・・・・・・・・・やがて何もかもが許されて、皆が地上に戻り始め。
・・・・・・子供に死神の影を見たのは。
おそらくその内に存在する、深い闇を見たからだ。
だが、死地から戻った時に見た子供の顔に、もう闇は見当たらなかった。
憑物が落ちたかのような、迷わない、その瞳。
・・・・・・・・俺、は
サガは戻ってくるだろうか。
アイオロスは。
そして。
その時、俺は―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2007/9/23
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