誰かの願いが叶うころ -8-



アイオロスが教皇に任命され、その発表があったまではよかったが。
補佐官にムウ、書記官にカミュ、という人事は、当然皆を驚かせた。
驚いたのは任命された本人達も同じであり、現教皇のシオンと補佐の童虎、次期教皇のアイオロスと5人で話し合い、という名の押し問答が続いていたのだが・・・

カミュがとりあえずは納得して―正式に辞令を受けるとまでは言わなかったが―場を辞した後。
ムウの方は見ようによっては仏頂面をしたまま、沈黙してしまったので。
業を煮やしたシオンは、

「当事者同士で話し合え」

と事態を投げて、童虎と共に部屋を出て行ってしまった。



「・・・・・そんないつまでも不機嫌面しないでくれよ。」

肩を竦めて、少しふざけるようにアイオロスが言葉を投げてきた。


「・・・これが不機嫌にならずにいられますか?教皇補佐なんて面倒を投げられたんですよ?」

珍しくきっ、と振り向いて、ムウがきつい口調で返す。

「そう尖がるなよ。それを言ったら俺なんて教皇なんだぞ?」
「それは前から決まっていたことでしょう?」
「あの時は年齢的に俺とサガの2人しかいなくて、サガがあんなだったんだから、消去法で俺になっただけだ。・・・・・今とは事情が違うだろ?」
「今でも皆、貴方が教皇だと思ってます。」
「俺はお前の方が向いてると思っている。」
「私?私は貴方ほどの人望も、正義感も、任務遂行意識もありません。向いてません。」

「だが、俺よりものが見える。」

アイオロスは、静かに、だがはっきり言った。

「俺が教皇になるのが、皆一番丸く収まると言うんなら、それはもうしょうがない。だが・・・」
「・・・なるからには、教皇の職務を円滑に進める義務がある。その為に、俺は参謀が欲しいんだ。」

「ならサガがいるでしょう?」
「サガよりお前のほうが向いてる。」
「そうは思えません。」

押し問答になりかけたが。

「・・・嘘を言わないでくれ。頼むから。」

アイオロスが懇願するような表情をしたので。
何故かばつの悪い気分になったムウは、しばらく沈黙してから。

「・・・・・サガより向いている点が、2点だけ。」

と、嫌そうな声で返した。

この回答に、アイオロスは微かに微笑って。

「何と、何だ?」

「ひとつは、私は教皇などという地位に野望を抱くどころか、そんな面倒は絶対ごめんだと思っていること。ふたつめは・・・・」
「・・・・・・・貴方に対して、正も負も、個人的感情を抱いていないこと。」


アイオロスは手をひとつ叩いて。


「俺の選択は間違ってない!」


と、喜色満面で言い切った。


「私はまだ引き受けるとは言ってませんよ!」


ムウも即座に切り返すが。


「頼むから引き受けてくれ。皆のために。」
「・・・そう来ますか。」
「事実だろ?俺はどっちかと言うと直情型で、場合によっては皆を破滅に導く可能性だってある。そういう時、俺を玉座に縛り付けてでも止める補佐が必要なんだよ。」
「私の判断のほうが正しいという保障がどこにあります?」
「お前はかなりの確率で勝算がある時にしか、行動に出ない。」


沈黙が流れた。


「・・・・・頼むよ。・・・俺は暴走するかもしれない補佐を抱えて、教皇職を全うできる自信なんかないんだ。」


これは。
威力があった。

遠く離れた五老峰に、とはいえ、シオンには童虎がいた。
話し合うことくらいはできたであろう。
・・・・・シオンが童虎を疑う理由などなかったはずだ。

気心の知れた友であるとはいえ―いや、だからこそ―不安定なサガを補佐に据えて教皇をやれというのは、確かに酷かも知れない。

ムウは長いこと黙っていた後、ため息を吐き出して。
そして。

「・・・・・嫌な人ですね、貴方は。」

と一言ぼそりと言った。

「引き受けてくれるんだな!」

嬉しそうに叫ぶアイオロスとは対照的に。

「しかたがないでしょう?」

うんざりした声で返す。

ムウが肯定の返事を返したことで気をよくしたアイオロスは、ムウの態度など気にせずに、両手をつかんで上下に振って。

「それに!お前にとっても悪いことばっかりじゃないぞ?」

と続けた。

何がだ。
わからず屋や単細胞を山ほど抱えたこの聖域の教皇の、補佐という非常に面倒満載な職務に、一体なんのいいことがあるというのか。


「アイオロス教皇は、白羊宮に居候がいることについて何の言及もしないぞ!」


思いもよらない方向から攻撃が来て。
ムウは驚いた顔をし、そしてあきれた。


「・・・・・・そんな交換条件ですか。」
「悪い話じゃないだろ?」
「悪い話も何も、そんなことは私の個人的自由でしょう?」
「だが、うるさい教皇ならうるさく言うかもしれんだろ?」
「貴方はうるさく言うつもりだったんですか?」
「いや、全然。お前が補佐を引き受けてくれる限りは。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ムウは呆れ果ててため息を吐き出した。
だが、とりあえず当面の問題を片付けたと喜んでいるアイオロスは、気にもしない。

「やー、よかったよかった!」

と伸びをするアイオロスの背中を見ながら。


ムウの方は「この教皇の補佐か・・・・・」と心の底からうんざりしていたのであった・・・・・・・・・・・・・・



2010/3/22




+++back+++
↑page top